SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

第90回 改憲私案「診療の自由は、これを保障する」

第90回 改憲私案「診療の自由は、これを保障する」
経営に活かす法律の知恵袋
上法律事務所所長 弁護士 井上清成

1. 憲法施行70周年
 本年5月3日、日本国憲法は施行70周年を迎える。現行憲法が優れたものであって、この基本原理を堅持すべきものであることについては、全ての国民の間においてほぼ異論がない。

 しかし、70年も経つので、我が国の社会や憲法を取り巻く環境も変化してきている。大なり小なり、時代に合わせた憲法改正も議論すべき時期であろう。

 例えば、今現在、国民の関心事の第1位は、医療・介護である。ところが、憲法改正の議論の中には、「医療」に関する改正の提案が全くない。そこで、筆者の私見ではあるが、「医療」に関する改憲私案として、三つの条文を提示したいと思う。

2. 診療の自由
 一つ目の改憲私案は、「診療の自由」である。具体的な条文としては、憲法第23条の2を新設し、「診療の自由は、これを保障する。」と定めるべきだと思う。

 「診療の自由」は、患者の診療を受ける権利(受療権)と医師の診療を実施する権利(診療権)とが表裏一体となったものである。普通に言えば「診療の権利」であるが、国家権力(特に警察・検察や厚生労働省)や社会的権力(特にマスコミ)に不当に侵害されないという受け身的な観点から言えば、「診療の自由」という用語のニュアンスとなろう。

 特に重要なのが、診療の「機会の確保」と診療の「内容の決定」である。これらは、患者と医師の双方向性によって作り出されるものであって、警察・検察や厚労省、さらにはマスコミは、診療の機会や内容に得手勝手に介入してはならない。

 なお、憲法第23条の2という位置付けは、憲法第23条のすぐ次、という意味である。ちなみに、憲法第23条は「学問の自由」を定めており、学問の自由とは「真理の探求を目的とする研究とその実践」であり、「科学の自由」も含む。そこで、診療の自由は、学問の自由(科学の自由)の一環として、第23条の次に位置付けるのが適切だと思う。

3. 保険診療受給権・国民皆保険制
 憲法第25条は「生存権(字義通りだと、生活権)」を定めた。「健康で」という文言も明記されているので、生存権の健康的側面という意味で「健康的生存権」も含まれると解釈し得るかもしれない。しかしいずれにしても、憲法第25条の法規範性は甚だ弱いものだと一般に解釈されてきた。そこで、その解釈を一新する意味でも、憲法第25条のすぐ次に条文を新設し、そこに「その疾病に応じて、等しく医療を受ける権利」を明示した方がよい。具体的な条文としては、憲法第25条の2を新設し、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その疾病に応じて、等しく医療提供を受ける権利を有する」と定めるべきだと思う。

 実際上、この権利は保険診療を対象とする。保険診療受給権(または、公的医療受給権)と呼んでもよいと思う。もちろん、国民全てが保険診療を適切に受給するためには、国民皆保険制が必要不可欠である。この意味で、保険診療受給権という国民の人権と、国民皆保険制という国家の制度とは表裏一体であると言ってよい。なお、保険医の人権(保険診療提供権)も、国民の人権としての保険診療受給権と国家の制度としての国民皆保険制と一体である。

 今後も続くであろう医療費抑制政策で、国民の保険診療受給権は傷付けられざるを得ない。また、国際経済の荒波の中で、国民皆保険制も浸食されてしまうであろう。しかしながら、このような状況の今こそ、保険診療受給権や国民皆保険制を憲法上に明瞭に位置付けて、著しく不当な傷害や浸食から守ることが有効適切な方策と考えられる。


三つの憲法改正私案

診療の自由(憲法第23条の2を新設)
「診療の自由は、これを保障する。」

保険診療受給権・国民皆保険制(憲法第25条の2を新設)
「すべて国民は、法律の定めるところにより、その疾病に応じて、等しく医療提供を受ける権利を有する。」

医師への適正手続の保障(憲法第31条を全文改正)
「何人も、法の適正な手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われず、その他の刑罰も

科せられず又は命令処分調査指導届出その他公権力の行使により義務を課せられ、若しくは権利を制限されない。」



4. 医師への適正手続の保障
 現行憲法の第31条では、「適正手続の保障」と解釈され得る条項が定められた。「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」という条文である。文字通りでは、この条文の対象は「刑事」手続だけであり、「行政」手続には及ばない。もちろん、その後の裁判所の判例の積み重ねにより、厚生労働省などの行政権による「行政」手続にも及び得る可能性は広がった。しかしながら、その法規範性はやはり、甚だ弱い。

 特に、国民の生命・健康に直結する医療行為を行う医師に対しては、ちょっとした世論の動向のブレによって、余りにも強引な行政処分その他の行政手続が安易に発動されがちでもある。そこで、社会福祉国家化が進んだ現代においては逆に、刑事手続よりもむしろ行政手続からの人権侵害に対するチェックこそが必要と言えよう。そこで、刑事手続だけに重点を置き過ぎた憲法第31条を改正して、行政手続をも対象とすることを明示するのがよい。

 具体的な条文としては、憲法第31条を全文改正して、「何人も、法の適正な手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われず、その他の刑罰も科せられず、又は命令、処分、調査、指導、届出その他、公権力の行使により義務を課せられ、若しくは権利を制限されない。」と定め直すべきだと思う。

5. 政局と離れた議論を
 以上、「医療」に着眼した三つの改憲私案を提案した。

 憲法改正議論は往々にして、政局に巻き込まれがちである。しかし、国家の基本法中の基本法を議論するものであるから、時の政局からは離れて、静かに丁寧に議論したいところではあろう。この改憲私案も、そのような議論の素材の一つとして提示するものである。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top