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第17回勉強会

第79回 京大iPS細胞研究所との連携は有名無実化か

第79回 京大iPS細胞研究所との連携は有名無実化か
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行

 「『死の谷』と呼ばれてきた日本の製薬業界の悪習を武田薬品工業が変える」——。

 こんな書き出しで始まる期待をかき立てるような記事が『産経新聞』に掲載されたのは、今から約1年前の2015年12月28日だった。

 武田が、ノーベル医学・生理学賞受賞者の山中伸弥教授が率いる京都大学iPS細胞研究所と連携し、同社の湘南研究所(神奈川県藤沢市)でがん、心不全、糖尿病、神経変性疾患、難治性筋疾患など六つの疾患でiPS細胞を使った新薬開発や再生医療の研究をスタートしたと発表したのは、その13日前の同月15日。

 この「死の谷」とは、大学の研究で生まれた新発見が製品化できずに陳腐化する問題を意味する。だが、当時の注目ぶりとは打って変わり、1年以上たってこの連携は話題性が消えてしまっている。注目されたのは、「製薬会社の研究機関に直接入り込んで、臨床段階まで携わるのは日本の製薬業界では極めて異例のこと」(『産経』)であったはずだが、「異例」なのはその後の経過だった。

 武田社長のクリストフ・ウェバーは連携発表から約1カ月後の16年1月12日、米サンフランシスコで、突如、「iPS細胞を使った新薬開発」の対象であるはずの、糖尿病の研究を中止すると表明した。しかもそこでは、今後、経営資源を集中投入するのはがんと消化器、中枢神経の3領域とワクチンのみであるとされ、鳴り物入りで発表された「新薬開発や再生医療の研究」と必ずしも対象が合致していない。

 そもそもウェバーは、連携について当初、「(新薬開発の)革新をもたらすものが日本の研究で生まれてくる」と豪語していたが、地元で設置の際にもめにもめた湘南研究所自体、武田の例の「グローバル」な研究開発体制では明らかに脇役にされてしまっている。

 16年7月、武田は「研究拠点を日本と米国に集約」し、「米国のボストンと日本の湘南研究所を研究の中核拠点と位置付ける」(ロイター配信記事。9月15日)と発表したが、ボストンだけが今や「ヘッドクオーター」と呼ばれるまでになり、これからの研究の主体となっている。武田の研究開発取締役も、トップの研究本部長すら湘南研究所には不在なのだ。ウェバーの構想では前述の「集中投入」のうち、日本には「中枢神経」だけが研究開発の領域として残されているにすぎない。例の京大iPS細胞研究所との連携は、一体そこでどのように位置付けられているのか。

リストラで荒廃した研究開発基盤
 そもそも武田は、湘南研究所に約1470億円の建設費を投じ、「『創薬』を実現するために社運を賭けて計画された、世界最大級の医薬研究所」と豪語していたはずだ。だが、本格稼働から2年後の13年11月には早くも外人役員主導の「機構改革」に合わせて研究所内のリストラを開始。幹部ポストが2割削減され、最終的に社内に受け皿を見つけられなかった社員は、「転身支援」の名目で転職活動を強いられた。

 その結果、研究部門(医薬研究本部PRD)の社員100人以上が会社を去ったが、以後もリストラは続き、1100人いたPRDのうち、今も残っているのは500人ほどだという。そのため現在、武田出身の職を求めるPRDが大挙生まれているが、それによって失ったものは大きい。それまで胃潰瘍治療薬「タケプロン」や、降圧剤「ブロプレス」などを生み出してきた武田のコア技術を担う研究開発の基盤が、明らかに荒廃したのだ。

 そこまで自ら墓穴を掘るように自社の研究部門をリストラしておきながら、かつ湘南研究所の将来の位置付けが今ひとつ明らかでないまま、これまで何の実績例も無い大学の研究者が企業の研究所に出向いて研究を行なうという異例の連携を、あえてその施設に導入したのはなぜか。どうしてもちぐはぐな印象が否めない。そんなことをやっていて、果たしていつになったら「創薬」が実現できるのか。

 一方で、武田は16年9月、製薬会社が新薬を開発するために行う治験(臨床開発)をアウトソーシングするCRO(医薬品開発業務受託機関)大手の米PRA Health Sciences社と、初めてパートナーシップ契約を締結した。その結果、日本で臨床開発部門に従事する社員は欧米同様、社内異動やPRA社への移籍が予定されているという。

 無論、世界的に医薬品開発を巡っては製薬企業からCROにアウトソーシングするのが潮流になっているが、これも、会長の長谷川閑史が強行した「グローバル経営」なるものの一環なのか。しかしそこまでやるなら、改めて一体何のための「世界最大級の」湘南研究所だったのかと問われざるを得まい。自前の「創薬」とは、単なるスローガンだったのか。

「業界の盟主」らしからぬ散々な実績
 こうしたちぐはぐぶりは、数字の上で現れた武田の凋落ぶりと決して無縁ではないはずだ。湘南研究所が稼働した1年前は、製薬業界にとって死活問題の大型医薬品の特許切れが相次いだ「2010年問題」で揺れた。それから5年間の経過で見ると、東証1部上場企業32社のうち、武田は営業利益成長率で29位のマイナス64・4%と、「業界の盟主」らしからぬ散々な実績だ。17年3月期中間決算の営業利益で、武田との差を5億円までに縮めたライバルのアステラス製薬は、4位の108・9%を記録している。

 さらに、営業利益率の増減に関しては、武田は31位に沈み、マイナス18・6%となっている。アステラス製薬はここでも4位の5・6%だ。ちなみに武田は売上高では無論首位を譲ってはいないが、その成長率では27・3%と12位。43・9%、6位のアステラス製薬に、ここでも大きく差を付けられている。このままだと将来「業界の盟主」が交代しても決しておかしくはない(注=以上の数字はインターネットのAnswers Newsによる)。

 つまり偶然か否かは別として、湘南研究所のスタート以降、武田はちぐはぐな動向と並行して、営業利益の不振に付きまとわれている。冒頭の「死の谷」に似た表現に、新約聖書の詩篇第23篇に登場する「たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、災いを恐れません」という句がある。武田はこれからも、「死の陰の谷を歩む」ことになるのか。少なくとも当面、武田にとって「救世主」が見当たらないのは確かだ。(敬称略)

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