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第101回 地域ニーズに対応した公立病院として再出発

第101回 地域ニーズに対応した公立病院として再出発

山本裕康(やまもと・ひろやす)厚木市病院事業管理厚木市立病院院長
1959年神奈川県出身。85年東京慈恵会医科大学卒業。同大附属病院腎臓高血圧内科診療医長、同大内科学講座講師、同講座准教授などを経て、10年厚木市立病院副院長、11年同病院院長、東京慈恵会医科大学客員教授、12年厚木市病院事業管理者兼同病院院長。


神奈川の県央地区の二次医療を担う厚木市立病院。築60年以上経過していた建物の建て替えが2012年に始まり、16年秋に二つの診療棟が完成、稼働を始めた。病院整備の基本計画に参画し、治療本位の建て替えに尽力した山本裕康院長に話を伺った。

◆病院の建て替えの第2期工事も無事に終了しましたね。

山本 1951年築の建物を建て替えるために、構想で10年が掛かり、2012年建設に着手して、ようやく完成しました。駐車場など外構の整備は17年3月に終了する予定ですが、新病院としての機能は全て整いました。現地建て替えで、一部機能を集約して移転し、元の建物を壊すという方法だったので、平地に新築する場合の2倍の工期が掛かりました。新築にあたり、同じ広さを確保しようとすると立地が街の中心から離れてしまうので、厚木市の小林常良市長が現地建て替えを決意しました。この病院は元々県立の総合病院でしたが、県が県立病院をがんなど特定の疾病に特化する方針を打ち出したことで、総合病院を維持したい市が2003年に土地と建物を県から譲り受けました。22万都市の市民からのリクエストは高度急性期をしっかり守ることで、この地区で公立病院を運営する意義に確実に応えたいと思います。

山本院長の意見はどのように反映されましたか。

山本 私が慈恵医大からここに来たのは2010年です。病院整備の基本計画にも参画し、大きく変更しました。当初は高度医療を扱う建物は第2期工事とされていたのですが、我々の考えでは4年後まで待っていられないので第1期工事として行うよう変更しました。救急センター、集中治療室、手術室を拡張して外科系の施設を早く作ったのが特徴です。手術室は6室から8室に増やし、面積も2倍にしました。血管造影装置を備えたハイブリッド手術室も設けました。第2期では外来と内科病棟が完成し、かなり重症な患者さんでも受け入れられる状況が整いました。全体で347床なのですが、うち6床は感染症が対象で、一般病床は341床です。そのうちICU(集中治療室)とCCU(冠疾患集中治療室)が計10床、HCU(重症治療室)も12床あり、一般的には500床規模に匹敵する体制を備えた施設になりました。医療ニーズもあるし、それを活用するスタッフも育てられたと思っています。

過疎地ではない地域の公立病院として

地域の医療ニーズを大切にしていますね。

山本 厚木市がなぜこの病院を運営しているかを考えると理解しやすいと思います。県立病院を赤字のまま市が引き受けたのは、そこに展開したい医療があるからです。神奈川県は10の二次医療圏に分かれていますが、県央地区には救急医療センター、周産期医療センター、がん診療拠点となる病院が一つもなかったのです。高齢化が進めばいろんな病気になるので、まず救急医療を守る基盤をつくらなければなりません。高度急性期を診られる状況をつくった上で地域医療とどう連携するか。いろいろな構想があるでしょうが、当院は高度急性期と急性期をしっかり守ることが大切と考えます。そうでないと、過疎地ではないこの地区で公立病院を運営する意味がありません。厚木市の救急搬送は年間約1万件。私が就任した時の当院の扱いは2000件でしたが、今は4000件と2倍になりました。しかしまだ少なく、5割を超えていくべきなので、さらなる強化を続けていきたいですね。

周産期やがんにはどのように取り組みますか。

山本 私が来る前の数年間、当院には産婦人科がなくなり、お産がゼロという状況が続いていました。しかし、地域に“お産難民”は出なかった。なぜかというと、個人クリニックで一般分娩は受け入れられていたからです。しかし、それでいいかというとそうでもなく、クリニックでは合併症への対応が十分ではありません。当院では、産婦人科を再開した後、内科医も介入して周産期をサポートする体制の強化を進めています。お産をベースにしたいろいろな内臓疾患の患者さんを、どのようにマネジメントするのかが強化ポイントかと思っています。また、当院はこの地区で唯一の小児科の入院施設ですので設備を刷新しました。がん診療については、2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなる時代ですが、この数字はもっと高くなっていくでしょう。年配の方々にとって地元にしっかりした病院があることは必須です。今回の整備により、医師からすると腕を振るえる場ができ、患者さんからすると高度で信頼できる医療が受けられる場ができたという構図になりました。安心して診療を受けられる病院作りにつなげられると思います。さらに、脳梗塞など脳血管障害、心筋梗塞、動脈瘤に対してしっかりとした救急体制を作り、優秀なスタッフが能力を発揮できる設備を揃えました。ここで完結できる医療体制を整えたつもりです。大学の設備とほぼ変わらない充実したものが実現できていると思うし、20年先に医療が変わったとしても対応できるものが作れたと思っています。

慈恵医大との連携で教育と医師確保を実現

スタッフは増えましたか。

山本 以前は常勤医師が44人でしたが、今は64人まで増えました。ここの医師はほとんどが慈恵医大からの派遣で、医師として自分の技量を上げたいと日々頑張っている意欲の高いスタッフばかりです。一般的に派遣は1年から5年間ほどが多いのですが、慈恵医大に戻るまでに無駄な時間は過ごしたくありません。どの病院に行こうかと考えた時には、彼らにとって設備が整っているかどうかが大きな評価ポイントになります。どれくらいの診療ができる状況にある病院なのかを理解してもらえれば、当院に来ようという気にもなってくれるだろうし、教授らも気持ち良く送り出せます。通常の診療とは異なり、救急医療では瞬時に的確な診断と適切な治療が求められますので、診療レベルは当然高くなります。対応する医師たちは大学病院でバリバリやってきた者ばかりなので戸惑うことはありません。

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