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第89回 ギャンブル依存症の実態

第89回 ギャンブル依存症の実態

 今回はギャンブルの問題について話したい。

 医師などの医療関係者だからといって、パチンコや競馬をやっていけないということはないだろう。

 忙しい診療のストレスを、パチンコ店や競馬場の喧騒の中で発散しているドクターも意外に多いのではないか。あるいは、学会出張で海外に出掛けた折、カジノに寄って雰囲気を楽しんだり、時にはプレイしてみたり、という人もいるだろう。

 ギャンブルにはそれでしか味わえない独特のスリルと緊張があり、結果が出た時にはそれが一瞬にして有能感あるいは落胆に変わる。慎重さと厳密さを要求される医師の中には、ギャンブルで感情の激しいギャップを経験することで、心のストレッチを行うタイプもいるのだ。

本人の自覚が乏しく治療が困難
 しかし、言うまでもないが、ギャンブルは度が過ぎると、様々な問題を引き起こす。のめり込んで他を顧みなくなったり、負けを取り戻そうといくらでもお金をつぎ込んだりして借金を重ね、それでもウソをついて通そうとし、仕事や家庭などの社会生活に大きな支障が来たされる場合もある。

 自分で「もうやめよう」と一瞬は決意しても、すぐにそれを破ってまた手を出す。その時期を過ぎると「まずい」と思うこともなくなり、1日中、ギャンブルのことで頭がいっぱいになる人さえいる。ここまで来ると、ただのギャンブル好きでは済まされず、「ギャンブル依存症」という立派な精神医学的な診断が付くことになる。

 このギャンブル依存症の治療は難航を極める。まず本人が「自分は病的な賭博中毒」と自覚するのが難しい。

 いや、たとえうすうす感じていても、「そんなはずはない」と自分でそれを否定する「否認」という心の防衛メカニズムが強く働くので、周囲が「あなたは病気」と言えば言うほど、かたくなに受診を拒むようになるのだ。

 そして、本人が「そこまで言うなら医者のところに行ってやろう」と思ったとしても、そこからがまた難儀だ。依存症は精神医学の領域だが、精神科医の中でも薬物、アルコールなどの依存症を専門にしているのはほんの一握り。ギャンブル依存症となるとそれがさらに少なくなる。

 もちろん、私のような一般の精神科医でもある程度は依存症治療の知識や経験はあるのだが、アルコールの過剰摂取やそれによる肝機能障害、違法な薬物の使用といった目に見える問題が見つかりにくいギャンブル依存の場合、治療の導入から苦労して失敗することもあるのだ。

 私は若い頃、診察室で会ったギャンブル依存の男性から開口一番、「今日は先生に私が病気ではないことを証明してもらいに来ました」と言われ、言葉に詰まったことがある。

 彼はある専門職に就いていたのだが、上司からもギャンブルへの耽溺を危惧され、「一度、病院に行くように」と言われて、しぶしぶ受診したとのことだった。

 そして、私は「是非とも依存症でないと証明してほしい。そうでなければ昇進できなくなってしまい、家族や親族にも捨てられる。私の一生がめちゃくちゃになるかならないかは、先生の診断書にかかっているのですよ」と半ば脅されてしまったのだ。

 ギャンブル依存症を扱い慣れた医師なら、ここでうまく彼の言葉を逆手に取って治療に導入できたのかも知れないが、私は「とにかく診断書は書けない」と断るのが精いっぱいだった。

 さて、そんな中、カジノを含むIR=統合型リゾート施設の整備を推進する法案が成立した。

 もちろん、地方創生や観光振興、雇用創出などの経済的な効果が期待されていることは分かる。

 しかし、「日本にもカジノ」と聞けば、精神科医である私としては、どうしてもここまで述べたようなギャンブル依存症の心配が頭をよぎる。

医師へのアドバイス
 先にも述べたように、この依存症は、一度陥ると治療が極めて難しい。

 ギャンブルの中でも、扱われる金額が巨額になりがちなカジノは特に、脳の中の「報酬系」と呼ばれる回路を強烈に刺激する。そのうち、脳はカジノの勝ちでなければ「快」を感じられない仕組みに変容していく。そうなると、借金をしてでもウソをついてでも賭け金を用意し、「勝った!」というその一瞬の快感を味わうことだけが人生の目的となってしまいやすいのだ。

 こういう状態になると、カジノへの出入りや賭けを自分の意思だけで止めるのは不可能であることは、誰にでも分かるだろう。

 本人は自分が依存症であるとなかなか認めないし、もし認めた場合は、毎日、当事者の集いなどをして、一瞬たりとも暇ができないようにする。気を抜けない、下手をすれば「ギャンブルをやらないこと」がその後の一生の目的になってしまうことにもなりかねない。

 もちろん、本誌の読者の医療関係者には、ギャンブル依存だったり、この先カジノ依存に陥ったりする人はいないと思われる。

 しかし、例えば臨床の場面や身近な知人の間で、そういう問題を抱えた人に出会う機会はあるのではないか。

 そういう人たちに「『もうギャンブルはしない』と強い気持ちを持ちなさい」と精神論を説くのも、「まあ、ほどほどに」と“適正な範囲”でとアドバイスするのも、あまり意味はないと考えていいだろう。

 もし「あ、この人はすでに自己抑制できなくなり、社会生活にも支障が出ているギャンブル依存症だな」という人を見掛けたら、「一度、心療内科や精神科に行ってください。これはあなたとご家族のために言っています」と率直に伝えてほしいと思う。

 そして、このたびの法案成立により日本に誕生するカジノが、当初の狙い通り経済成長につながり、本人にとっても家族や職場にとっても悲劇でしかないギャンブル依存症に陥る人を増やすことがないよう、祈るばかりである。

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