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相模原殺傷事件、連携なき厚労省の「再発防止検証」

相模原殺傷事件、連携なき厚労省の「再発防止検証」
療と行政に責任を押し付いか

 神奈川県相模原市の障害者施設で入所者19人が刺されて死亡するという、殺人事件としては平成に入って最悪の被害を出した事件から4カ月あまり。厚生労働省を中心とした検証・再発防止策検討チーム(座長=山本輝之・成城大学法学部教授)は2016年12月8日、措置入院後の見守り支援を行っていくことを中心とする再発防止策を提言した。しかし、再発防止を謳った報告書の内容には「医療と行政に責任を押し付けている感がある」との批判も寄せられる。そもそも事件の根底には容疑者の徹底した「障害者排除主義」があり、こうした偏見を取り払うことが何よりの再発防止策なのではないか。

 8月に立ち上がった厚労省の検討チームが11月末までには行うとしていた報告書を公表したのは12月に入ってからだった。厚労省担当記者は「表現について、構成員の調整が難しかったそうだ」と語るが、その内容はというと、「塩崎恭久厚労相が参考にするよう打ち出していた〝兵庫方式〟を全国へ広めるという当初の方針通りの内容だった。具体的には、措置入院をさせた病院は患者の退院後に必要な支援などについて相談に乗る「生活環境相談員」を選定。また、都道府県知事は患者の入院中から、退院後の支援に当たる関係者を集めて調整会議を開き、退院後支援計画を策定。この計画を関係者で共有するというものだ。

 参考とされた兵庫方式とは、同県洲本市で昨年3月、措置入院歴がある男が5人を刺殺した事件を受けて導入した、措置入院の解除後も対象者を継続して見守る制度のことだ。相模原事件では、植松聖容疑者(266歳)が措置入院解除(退院)後の行き先として東京都町田市の実家を告げていながら、相模原市が引き継がなかったことが問題視された。塩崎氏は「患者が県を越えて転居することもあり、全国統一の制度が必要だ」と述べ、同様の取り組みを全国で行うことに意欲を見せており、検討チームの報告書はまさにこうした大臣の意を汲んだ結論となっている。

 しかし、この制度には問題点や課題も多い。その一つが、対象者の見守りをいつまで行うかという点だ。措置入院は全国で年間7000件近く行われている。1年に複数回入院する患者もいるが、それでもかなりの人数について「退院後の見守り」を行わなければならない。措置入院件数は自治体ごとにばらつきがあり、首都圏や大阪、愛知、福岡などの大都市では当然多い。自治体の負担に差異が出ることが予想され、措置入院患者が多い自治体では早くも、「現状では明らかに人手不足だ。人を雇うにもお金が必要で、そうした財源はどこまで国が手当てしてくれるのか」といった悲鳴に近い声が上がっている。

警察の対応に問題はなかったか
 「措置入院解除後の患者の支援を行うのは各地の保健所が中心だろうが、保健所は地域の保健全般、感染症から母子保健まで幅広い業務に対応しており、しかも仕事量はどんどん増えている」と首都圏の自治体関係者。精神保健分野も保健所の仕事の一つではあるが、患者の多くは症状に波があり、支援を打ち切った後に大事件が起きる可能性も否定できない。自治体関係者は「事件が起きたら判断が間違っていたということにもなり、支援を打ち切る判断を行うのは難しいのではないか」と悩む。

 これに対して厚労省は「措置入院解除後に地域に戻って通院などに切り替わるのは3割程度で、残り7割は医療保護入院など、入院が継続する事例だ」と説明。地域に戻って生活する患者は決して多くないとする。

 だが、植松容疑者を退院後も支援していたら、果たして事件は防げたのだろうか。報告書はそうした疑問には答えていない。事件を取材した社会部記者は「植松容疑者は障害者への強い偏見を持っていたが、このこと自体は精神疾患ではない。この事件の再発防止のためには、犯行予告とも取れる手紙を誰が共有し、どこまでの対応が取れたのかを検証することが必要だ」と断言する。

 しかし、検証チームのメンバーは医療関係者や障害者団体などが中心。関係省庁として警察庁や法務省などが含まれているが、報告書を読む限り、彼らが積極的に再発防止策の検討に関わった形跡は感じられない。「報告書公表に合わせて厚労省が行った会見では、記者から警察の役割を聞かれた厚労省の担当者が『警察が犯罪情報を受け取ったら適切に判断するのは、今までもこれからも変わらないのではないか』と答えた。検討チームは警察の対応には問題がないという見解だ」と全国紙記者は溜め息をつく。

 警察が手紙の内容を施設に明かさなかったなど、関係者の情報共有が図られなかった点について、検討チームは「措置入院の過程で認知された犯罪情報について、自治体、警察、精神科医療関係者などの協議の場を設置すること」と提言した。しかし、厚労省によると、この協議の場は一つずつの事例に基づいて開かれるものではなく、犯罪情報をどう扱うかについて年に1〜2回協議し、全体の方針を共有するものだという。

 前述の全国紙記者は「検討チームの報告書は全体的に、自治体ごとに運用方法があるから、と裁量を認める体で、現場に判断を押し付けているという印象を受ける」と話す。「相模原市や神奈川県の検証でなく、国が主導して行う検証だからこそ、警察の問題、司法の問題という大きなテーマで方針を考えることができたのではないか」

「監視強化」になりかねない継続支援
 さらに、「兵庫方式」を全国に広げようとする厚労省の方針にも異論は大きい。先行する兵庫県では、退院後の継続した支援に対して、患者から「病院へ行くことを強要された」「監視されている気がして怖い」という声が出ている。今後、他自治体でも同様の施策が取られ、しかも移住した場合も支援策が引き継がれるとなれば、こうした声はさらに大きなうねりとなるだろう。

 障害者施策に詳しい専門家は言う。「今回の事件を踏まえての防止策が、精神障害のある患者を隔離してきた過去の政策から、地域に返そうという今の流れに沿ったものであることは良かった。一方で、精神障害者を支援する対象として〝特別視〟することで、社会からの孤立を生んでしまうのではないかとの心配もある」

 一方、今回の事件の現場となった「津久井やまゆり園」は、知的障害などを抱えた人たちが集まって生活する場で、近所の人たちと交流を持ちながら地域に受け入れられてきた。しかし、多くの人にとって障害者と触れ合う機会はほとんどなく、植松容疑者のような「障害者なんていなくなればいい」という考えに反論する材料を持たない。

 専門家は「最終報告書は障害者に対する社会の理解を深めるよう求めているが、厚労省からは具体的施策は見えない。せっかく省庁が連携して検討チームを作ったのだから、障害者を特別視しない社会の足がかりを作ってほしかった」と落胆を隠さない。障害者への偏見をなくしていかなければ、被害者も浮かばれない。

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