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大口病院殺人事件で露呈した医療人の隠れた「悪意」

大口病院殺人事件で露呈した医療人の隠れた「悪意」
保管で病ネジメわれ事態に

 横浜市神奈川区の大口病院で、点滴を受けた入院患者の少なくとも2人が中毒死するという恐ろしい連続殺人事件が起きた。使用されたのが医療機関に当たり前のように置いてある点滴袋と消毒液だったこと、注射器を使って薬剤を注入するなど医療に詳しい者の犯行とみられたことなど、事件は全国の医療機関や医療従事者に大きな衝撃を持って受け止められた。ただ、命の最前線である医療機関に隠れた〝悪意〟にどう立ち向かうか、解決策は見えない。

 事件が発覚したのは9月23日午後のことだ。大口病院で20日に死亡した八巻信雄さん(88歳)の死因が界面活性剤による中毒死だったと神奈川県警が発表したのだ。

 八巻さんは20日午前5時ごろに死亡したが、八巻さんの点滴袋が泡立ったことを看護師が不審に思い、病院に相談。病院は約6時間後、「点滴に異物が混入された可能性がある」と県警に通報した。八巻さんが中毒死したことが判明し、県警がさらに調べたところ、大口病院で18日に死亡していた西川惣蔵さん(88歳)も中毒死だったことが分かった。事件は一気に「連続殺人」事件となったのである。

 事件が起きたのは、いずれも大口病院の4階病室だ。これまでの捜査によると、異物が混入された点滴はいずれも17日に1階の薬剤部から4階のナースステーションに運ばれた。4階を担当する看護師は平日の日勤で5〜6人、休日の日勤で3人。夜勤は平日休日ともに2人だったという。点滴が運び込まれた17日は休日だったため、看護師は3人しかいなかった。極めて限られた人員が働く環境で、事件は起きた。

 その後の捜査により、点滴に混入されていた界面活性剤は、病院で使われている消毒液「ヂアミトール」であることが分かった。犯人は外部から何かを持ち込んだのではなく、院内に普通に置かれている薬液を点滴袋のゴム栓から注射器を使って混入させたとみられる。

点滴袋を事前に用意することの是非
 では、混入させたのはいつなのか。ヂアミトールが混入した点滴袋は連休中の3日分がそれぞれ箱に入れられ、4階のナースステーションに保管されていた。同院の患者からは「点滴袋が廊下に置かれていることもあった」との証言も出ているというが、横浜市が事件前に行った立ち入り検査では、点滴の保管状況などは問題ないとされていた。

 とはいえ、そもそも点滴袋を事前に用意することに問題はないのか。事件を取材する記者からは「使う分だけを保管し、保管の際は施錠するなどの方法は採れなかったのか」との疑問も出された。しかし、こうした指摘に現場の医療従事者はそろって「現実的ではない」と否定的だ。

 中国地方の病院に勤める薬剤師(39歳)は「医療現場はどこも人手が足りず、ミスは許されない。救急などでは1〜2秒も惜しいのに、毎回鍵を開け焦って点滴薬を取り出していては、薬剤の取り違えなどのミスにつながる」と語る。向精神薬や毒劇物などの薬剤は施錠保管を徹底し、毎日数を確認してしっかり管理するが、「一般的な点滴薬やそれこそ同じフロアに複数置いてある消毒液の数まで管理していたら、とても仕事が回らない」(同)という。

 この薬剤師が勤める病院では医薬品を保管する薬局の冷蔵庫は施錠されているが、急いで薬を用意するときに鍵を保管場所から取ってきて開けるのは焦るという。さらに「調剤の指示を受けるたびに処理していては、薬剤師がいない時間に対応できない。薬剤師を新たに雇うと人件費がかかり、そこまでやる医療機関はないだろう」とみる。つまり、点滴薬は薬剤部からまとめて払い出し、病棟で管理するのが一般的だし、医療機関にとっても患者にとってもベターな方法だというのだ。

 神奈川県にある大学病院の看護師(32歳)は「そもそもナースステーションで保管している間に点滴袋に何かが混入されることは想定していない」と語る。想定しているのは紛失や盗難だ。「うちの病院で以前、薬が盗まれたことがあった。それ以来、盗難に遭わないよう目立たない場所に置くようになった」(同)。

 事件では消毒液の混入に注射器が使われた可能性が高いが、注射器についても管理は厳重でない。都内の病院の看護師は「注射器はナースステーションにまとめて置かれており、1日に何本使われたかは管理されていない。なくなったら補充するだけだ」と話す。都内の麻酔科医も「手術で麻酔をかけるとき、数本から多いと20本近い注射器を使う。いちいち何本使ったかは覚えていないし、管理もされていない」と語る。つまり、犯行に使われたとされる物品…点滴薬、消毒薬、注射器のいずれもが現場で当たり前のように手に入り、管理も厳しくないものだったのだ。

 しかも、都内の公立病院の看護師が「消毒液は入れたときは泡立つかもしれないが、時間がたてば消える。液体の色や混入物など見た目に分かりやすい変化があれば使用前に気づくが、使う前にわざわざ袋を振って泡立てたりしないので今回の例は気付くのが難しい」と話す通り、患者の体に入るまでに犯行が露見する可能性は極めて低い。

 多くの看護師は「患者に使う点滴袋に薬剤を追加するときは、ナースステーションの奥にある机で作業をする。知らない人がそんな場所で作業をしていたら絶対に分かる」と断言する。だが、もしも内部の人間が悪意に基づき犯行を行ったら? この問いに対しては、「残念ながら誰にも怪しまれずに行えると思う」と答える人が大勢だ。

 実は、大口病院の4階では奇妙なことが起きていた。同院の病床数は85床で、4階は最大35人の受け入れが可能だ。重症の高齢者が多かったというが、7月1日以降、9月20日までに亡くなった4階の患者は48人もいる。この中には八巻さん、西川さんと同じ手口で殺された人がいるかもしれない。1日4人、5人が相次いで亡くなることもあり、死者の多さに院内感染も疑われた。だが、検査で確認できず、それ以上の調査も行われなかった。もっとも、死者が多いというだけでどこまで疑って調査できたかは不明だ。

新たな負担が看護師の不満招く懸念
 だが、事件を防ぐヒントはもう一つあった。同院では以前から看護師のエプロンが切り裂かれたり、飲物に異物が混入されたりするなどトラブルが相次いでいた。その都度対処していれば対象が患者に向くことはなかったのでは、との指摘もある。

 一方、現場が懸念するのは、今回の事件により今後、点滴薬などの保管について決まりが厳しくなるのではないかという点だ。都内の大学病院のベテラン看護師が言う。

 「現場を円滑に回すには、不満をためないことが第一。ただでさえ重労働で仕事に追われる看護師に、薬剤管理で新たな負担を強いれば不満がたまる。不満がたまれば、必ずトラブルが起きる」

 再発防止の道は険しい。

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