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第87回 あなたは良き夫、良き父親か

第87回 あなたは良き夫、良き父親か
香山リカ 精神科医 立教大学教授

 これを読んでいるあなたが、医療関係者であることはほぼ確実だ。

 さらに言えば、大変多忙な生活を送るドクター、それも男性ドクターである場合が多いのではないだろうか。

 身上調査をするつもりはないのだが、あなたは結婚しているだろうか、そして子供がいるのだろうかと尋ねたら、「イエス、息子と娘が1人ずつ」「妻と娘の3人暮らし」といった答えが多くなるのだろうか。

 つまり、「妻と子供1人」、あるいは「妻と2人の子供の4人暮らし」といった、テレビドラマに出てくるような標準的な家庭を営む人々が、この多様性の時代においてもやはり多いのかもしれない。

 そうなると、仕事に忙しいあなたの場合、ともすれば家のことは妻に任せがちかもしれない。そういうドクターで、もし子供の1人あるいは2人は「娘」という場合は、ちょっと気を付けてほしいことがある。

仕事夫が妻子の「母娘カプセル」化を招く
 それは、男性が多忙な仕事に就いていて、相応に収入が高い場合、妻と娘が「母娘カプセル」という独特の密着関係を築くことが少なくないからだ。

 そして、精神科の診察室ではこの「母娘カプセル」でずっと過ごし、30代、40代になってから娘側が自立できなかったり、母親の支配下にあったことに怒りを感じたりして、相談に来るというケースが増えている。

 例えば、20代の若い女性向けのあるファッション誌は昨年、「自立と、ママと私。」というタイトルの特集を組んだ。

 この中では、「ママと仲良し」という一見、ほほ笑ましい仲良し母娘のケースが取り上げられながら、「果たしてそれは今の時代、そしてあなたの25歳という年齢を考えたときに、適切なものでしょうか」と問題点を指摘する。

 そして、「“ママの娘”から精神的に卒業しよう」「『いい娘』をやめよう」「ママを捨てよう」といった少々過激な呼び掛けが行われている。

 特集の中で、『インナーマザー』『「母」がいちばん危ない〜“いい娘”にならない方法』などの著作がある精神科医の斎藤学氏は次のようにコメントする。

 「母親のパートナーは父親のはずなのに、娘と買い物や旅行に出かけ、時には娘を話し相手に夫への愚痴をこぼし自分の感情を共有させ、密着度を高めようとする母親が少なくありません。(中略)こうして、べったりと密着した狭い世界の中で生きる、『母娘カプセル』が生まれるのです。(中略)カプセル化した関係の中で母親は子どもの自立を妨げるので、母親が子どもに依存せずに自分の人生を生きるようにならない限り、子どもも自分の人生を生きられないのです」

 私の診察室にやって来る中にも、同じような訴えをする娘たちはいくらでもいる。彼女と母親は忙しい父親を横目で見ながら、一緒に買い物に行ったり海外旅行に出掛けたりと仲睦まじく過ごす。

 当の父親も「妻と娘が仲良くしてくれるのは、助かる」とばかりに、経済的な支援は常に怠らない。

 娘から「ママとパリに行きたいの」と言われると、「いいよ」とビジネスクラスの航空券を用意してしまう。また、妻から「娘にもそろそろ良い着物を仕立ててあげたいと思って」などと言われると、「最高のものを作ってあげなさい」などと言ってしまう。

 しかし、そうやってまさに一卵性母娘という状態で長年過ごす中でも、妻は一抹の寂しさを覚える。

 どこに行くにも娘と一緒なのは心地良いのだが、「でも、私にはパートナーがいたはず」と夫の不在をどこかで感じる。

 また、自分が女性としてすっかり相手にされなくなったことで、自信も低下する。

 ただ、それを口にしても、夫は「忙しいんだ」の一言なので、その不満から娘に愚痴をこぼしたり、娘を支配することで代理満足を得ようとしたりし始める。

家族の関係がバラバラに
 そのうち、母親の不全感が伝わってくることもあって、娘の父親に対する態度も冷たいものになっていく。

 父親が忙しさの合間を縫って、「たまには私も」などと母娘の団らんに加わろうとすると、「パパには分からない」と追い払われてしまうこともある。

 そして、自分の就職あるいは結婚といったライフイベントにまでも介入しようとする母親に対して、娘は次第に疑問を感じるようになる。

 「どうして、ここまでママの言いなりにならないといけないの?」と母娘カプセルを脱出しようとする娘に対して、見捨てられることを恐れる母親は必死に抵抗する。

 「あなたが1人でやって行けるはずはない」という言葉を投げ掛けられ、せっかくの自立の機会を放棄する娘もいる。

 このまま娘が30代、40代になり、母親が60代から70代になると、もうちょっとやそっとではそのカプセルが壊れない。

 しかも、カプセルの中で、母娘は互いに敵意や嫉妬の感情を抱いてドロドロになっている場合もある。

 「うちの妻と娘は本当にうまくやっていると思い、すっかり安心していたのです。それが気付いてみたら、お互いに毎日のようにケンカをしてののしり合っていました。慌てて話を聞こうとしたのですが、妻からも娘からも『今さら何よ』と相手にもしてもらえません……」

 そんなドクターの相談を受けたこともある。

 ドクターにとって医療の仕事は一生のもの、手を抜くわけにはいかない。

 しかし、大切な家族が取り返しのつかない状態になる前に、自分が妻にとって良き夫なのか、子供にとって良き父親なのか、折に触れて考えてみることを心からお勧めしたい。

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