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「排除国」の喜び束の間、「はしか」が猛威を振るった夏

「排除国」の喜び束の間、「はしか」が猛威を振るった夏

騒ぎ接種把握界連が必
 罹患すると死ぬか生きるかが決まることから、江戸時代には「命定めの病気」と恐れられていた。

 インフルエンザを優に上回る強い感染力を持つはしか(麻疹)がこの夏、関西国際空港を舞台に日本中で猛威をふるった。日本は昨年3月、世界保健機関(WHO)から「はしかが排除状態にある」と認定されたばかり。重症化すれば死亡することもあるだけに、根絶に向けて世界が団結して取り組む必要がある。

 名前が知られている割に、はしかについて正しく理解できている人は少ない。都内の小児科医は「10〜12日の潜伏期間の後に熱やせき、鼻水など風邪のような症状が出る。感染力が強く、空気感染の他、飛沫や接触によっても感染します」と説明する。発熱から数日後に体に特徴的な発疹が出るが、その時点ではしかと分かっても、すでにウイルスをまき散らしてしまっているから厄介だ。

 「近年、日本ではしかが注目されたのは2007年のこと。大学生など若年世代で流行し、米国などから『はしか輸出国』と不名誉なレッテルを貼られたこともありました」と振り返るのは感染症に詳しい研究者だ。幸い、騒動がさめないうちに予防接種無料化などで若年層の接種率を上げたことで、はしかの感染者が減少。2015年には年35人という過去最少の感染者にまで減った。

 「WHOも15年3月に排除状態であるとのお墨付きを出した。関係者の喜びはひとしおでした」(医療担当記者)。認定には、国内に由来するはしかウイルスによる感染が3年間確認されておらず、発症者のウイルスの遺伝子を解析して感染経路を確認できていることが必要。日本と同じWHOの事務所が管理する地域ではオーストラリア、マカオ、モ↖ンゴル、韓国がすでに排除状態との認定を受けていた。同時に認定されたのがブルネイとカンボジアだったことからも、日本がはしか対策でいかに遅れていたかがうかがえる。

不特定多数出入りする場所から拡大
 かくして減っていくかに思われたはしかが今年、一転して急増したのは、不特定多数が出入りする場所を中心に広がってしまったからという理由に尽きる。はしかの患者はここ数年、2桁だった昨年を除き数百人単位で収まっていたが、いずれも海外で感染し、帰国後に発症した患者とその近親者が中心。まれに一地域を中心に広がることもあったが、いずれにしても該当の保健所で対応できるレベルだった。

 ところが、今年ははしかが同時期に複数の場所で散発的に発覚。しかもその一つは、不特定多数が出入りする関西国際空港だった。厚労省担当記者は「空港に出入りするのは国籍も年齢も住まいもバラバラの人たち。潜伏期間があるので、空港で感染してもすぐには症状が出ず、地元に帰ってから発症する。すると、その間に行った場所や地元に感染を広げてしまう」と語る。

 関空が感染場所だと分かるまでも、時差があった。発端は7月下旬に関空を利用した兵庫県西宮市の19歳の男性が、8月19日にはしかにかかっていたことが判明したこと。すぐさま男性が感染したウイルスの特定が始まった。男性には東南アジアへの渡航歴があったが、男性が感染していたのは中国で流行するウイルス型。国立感染症研究所の調べで、同時期に男性と同じウイルスの型を持つ患者が他に5人いることが分かった。6人の共通点は、7月下旬に関空を利用していたことだった。ここでようやく、感染源が関空にあることが突き止められた。

 大阪府が調べたところ、関空で接客を担当する職員を中心に数十人に感染が広がっていた。最初に持ち込まれた経緯は分からないが、少なくとも7月下旬から8月終わりまでの約1カ月間は関空に麻疹ウイルスが存在していたのだ。日本だけでなく、関空を利用した世界中の人が感染した恐れがある。

 案の定、発端となった男性は自らの感染を知らず、8月14日に千葉県の幕張メッセで行われた歌手、ジャスティン・ビーバーのコンサートに参加していた。その結果、コンサートに参加した観客にさらに感染が広がった。科学部記者は「40代以上の多くは子供のころにはしかに罹患した経験があり、生涯にわたって免疫ができている。だが、若年層は予防接種で防いできたため、大人になって免疫が弱くなり、感染してしまうことがある」と分析する。

ウイルス接触機会の減少で抗体低下
 日本ではしかワクチンが定期接種に組み込まれたのは1978年。当時は子供の頃に1回接種すれば生涯にわたり免疫が得られると考えられていた。ところが、昔の日本のようにウイルスに触れる機会が常日頃あれば免疫が維持されるが、予防接種によって感染者が減り、ウイルスとの接触機会が減ると、抗体が低下していくことが分かって来た。そこで、2回の定期接種を行うことになったのだが、今の26〜39歳は1回しか接種していないため、抗体が下がっている恐れがあるのだ。

 さらに、89年から日本で接種された新三種混合ワクチン(MMRワクチン=はしか、おたふくかぜ、風疹の混合ワクチン)の副反応が問題となり、93年に中止。06年になって二種混合ワクチン(MR=はしか風疹の混合ワクチン)が導入された。ただでさえ1回接種の人が多い世代に、接種を受けていない人も混ざっているわけだ。07年の流行を受けて08年から5年間、中学1年生、高校3年生にも接種されたが、全員が受けたわけではない。

 こうして免疫が低いままの人が一定数含まれてしまった若年層だが、問題はその行動範囲が広く活発だということだ。関空の他、幕張メッセのコンサート、関空近くの大型ショッピングセンターなどに行っていたことが次々に分かり、患者の行動を調べる保健所はその調査対象を広げざるを得なかった。関空由来のウイルスとは異なる型ながらも、同時期に都内のアニメイベントに患者が参加し主催会社が注意を呼び掛けるなど、複数場所での感染は続いた。

 さらに、感染拡大で成人のワクチン需要が増し、小児の定期接種ワクチンが足りなくなる騒ぎも起きた。厚生労働省担当記者によると、はしかワクチンを製造する大阪大学微生物病研究会、武田薬品工業、北里第一三共の3社のうち、北里第一三共が(医薬品が一定の生物学的作用を示す量のこと)不足で供給がストップしていたことが響いたようだ。秋には出荷を再開する見込みだが、品薄状態だった市場は一気に在庫不足となり、厚労省も小児を優先させるよう通知を出さざるを得なかった。

 感染症に詳しい医師は「米国のように大学入学時にはしかの予防接種を打った証明を出すなど、接種歴を把握することが重要だ」と語る。その上で、「排除認定を受けた日本で流行が繰り返されるのは、世界からはしかがなくなっていないから。撲滅された天然痘や撲滅間近のポリオのように、世界が連帯することが必要だ」と話す。このままではまた、数年後に同じ騒ぎが起きかねない。

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