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ネットを軽やかに使いこなす心得

ネットを軽やかに使いこなす心得
香山リカ 精神科医 立教大学教授

 日本の多くの医療機関では、学会などが作るガイドラインに従った標準的な診断、治療が行われていると思う。格差社会といわれて久しいが、こと医療に関しては日本では多くの人が一律に一定水準のものを受けられる。

 収入や立場によって多少の差はあるかもしれないが、地方の病院や診療所にも勉強熱心で最新の治療法を学んでいる医師がいて、都会の大学病院などと変わらぬ医療が受けられる場合もある。その点に関しては本当に素晴らしいな、と思う。

 とはいえ、行う医療の質は一定でも、医療観、治療観、あるいは生命観は個々の医師によってかなり異なる。こと「脳死臓器移植」「出生前診断」「延命治療」といった生命倫理に関したことになると、真っ向から考えの異なる医師が同じ医療機関で働いている、などという場合もある。

 私もその昔、同僚の医師がかなり進行した食道がんに侵されたことがあったのだが、そうなって初めて、その医師は「がん医療は一切不要」という考えの持ち主であることが明らかになった。

 治療を勧める私とその医師で意見が対立した時期もあったが、最終的には本人の決定に任せるしかなく、彼はそのまま何事もなかったように診療を続け、ある時点で出勤をやめて、そのまま自宅で亡くなった。

 彼の覚悟を評価しながらも、その後、私の中では長く、「本当にあれで良かったのだろうか。標準的治療を受けることで、もっともっと生きられたのではないか」という割り切れなさが残った。

発信側と読む側のギャップを自覚する
 このように、かつては医師自身の医療観、生命観はどんなものか、具体的な問題が起きなければ明らかになることは少なかったが、最近は違う。ブログ、フェイスブック、ツイッターなどのネットを介した発信手段が激増し、医師も個人の思いをそこで述べる機会が増えてきた。

 知り合いの先生がブログを開設した、と聞いてそのページを読みに行くと、あっと驚くほど独自の医療観の持ち主であることが分かることもある。

 ただ、医師同士なら「なるほど。この先生はワクチン不要論なのか。でも、日ごろはごく一般的な臨床を熱心に行っている人だから、私とは考えは違うが、これからも信頼して患者さんを紹介しよう」となるが、患者さんの立場になると、そうもいかないのではないか。

 中には、主治医の発信する意見に大きく影響を受けて、その考えをそのまま踏襲する人もいる。ネットの影響力はそれほど強いのだ。

 発信側は「ネットだから気軽にちょっと思い付いたことを書いてみよう」となりがちだ。ところが、読む側は「ネットだからこそ正しい意見なのだ」と強く信じ込む場合もある。ここに大きなギャップがあることを、発信者となる医師や医療関係者は自覚しておくべきだ。

 さらに悩ましいのは、医師が医療以外の情報を発信する場合だ。

 私は一般向けへの発信にはペンネームを使っているのだが、それでもこちらが雑談のつもりで書いたことが読み手にはそうではなく受け取られることがある。

 例えば、あるとき、「今日はお天気が悪くて何となく憂鬱ですね」とネットに書いたら、「天候と精神状態に因果関係があるという論文があるのか。そうでないなら無責任な発言は慎んでもらわないと、うつ病の娘が信じ込んでしまう」とクレームが寄せられたことがあった。

 あるいは、診療の合間に休憩室で「今日のおやつはこれ」とお菓子の写真付きで発信したところ、「病院で食べるのは衛生上、問題だ」「患者さんは真剣なのに、自分だけのんきにおやつを食べるとは」と言われたこともある。「医療に親しみを持ってもらいたい」と思ったのだが、逆効果になる場合もあるのだ、と大いに反省した。

「バトル」や「SNS疲れ」に陥らない
 では、特にネットでは一切発信しなければよいのか、というとそんなことはない。

 一般の人たちも医師が自分の率直な医療観、生命観を語ってくれる文章を読みたがっているし、医療や疾病に関する啓蒙、啓発につながることも確かだ。医療機関にとってのPRにもなるだろう。

1984年、アメリカの心理学者クレイグ・ブロードは、人とテクノロジーの関係で生じる心理的問題を「テクノ不安症」と「テクノ依存症」に分類して論じた。

 「テクノ不安症」とは、コンピューター・テクノロジーを受け入れようとする際の「あがき」に起因するものとされ、具体的には不安感、焦燥感、頭痛などの身体症状が生じる不適応状態だ。さすがに、これは多くの現代人は克服しただろう。

 しかし、もう一方の「テクノ依存症」、コンピューターヘの過剰適応の結果、思考の過度の論理化、感情喪失、リアルな人間関係の回避などはますます増加しつつあり、程度も重症になりつつあると思われる。

 ネットで思いのたけを書いているうちに、いつの間にか感情的になったり読み手側の気持ちを考えるのを忘れたりして、いわゆる“筆がすべる”状態となって書き過ぎてしまう人もいるのではないだろうか。

 また、最近、特に問題と思われるのは、ネットを利用した交流型のコミュニケーションツールであるソーシャルネットワーキングサービス(SNS)で、読み手、つまり患者さんや他の医療関係者との意見のやり取りが“バトル”になるケースだ。

 さらに、そういった“バトル”や「今日も何か言わなきゃ」という強迫的な発信により、「SNS疲れ」といわれるような心理的疲弊状態に陥っている人もいる。

 医師とはいえ、ネットやSNSとの付き合いはまだ日が浅く、それとの関係性や距離の取り方を十分に制御できないのだ。

 患者さんの多くは「あの先生の本音が聞きたい」「このドクターの日常もちょっと見てみたい」と医療関係者の気軽な発信を楽しみにしている。その期待に応えつつも、ネットに振り回されて自分の心身がボロボロ、信頼も低下などということにならないよう、楽しく軽やかにこの現代ならではのツールを使いこなしたい。

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