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医療事故を学内政治に利用した「群大」

医療事故を学内政治に利用した「群大」
医師腕だけでなく、院全体の体制にはびこる問題

 読売新聞が2014年11月に朝刊1面トップで伝えた「腹腔鏡手術で8人死亡 高難度の肝切除 同一医師が執刀 群馬大病院」のスクープに端を発した群馬大学医学部附属病院の一連の不祥事がようやく一段落した。大学が設置した第三者委員会はこのほど、報告書を公表。それを受けて、大学は問題の医師を懲戒解雇相当にするなどの処分を発表した。

 同時期に東京女子医科大学病院でも男児が死亡する医療事故が発覚したことから、厚生労働省が両病院を特定機能病院から外し大学病院の「ガバナンス」改革に乗り出すなど、単なる〝医療事故〟にとどまらない展開をみせたこの問題。第三者委の報告書も、群大病院の体制とそこで行われた医療の問題点を次々に指摘したが、果たしてそれらを改善することは可能なのか。漏れ聞こえてくるのは、自浄能力に疑問符が付く不安材料ばかりだ。

生かされていない事故の教訓
 今年7月31日付の読売新聞朝刊の1面トップに「群大、患者の安全軽視」との大きな活字が踊った。一連の報道で15年度の新聞協会賞を受賞した読売新聞では、1面の掲載が恒例となりつつある「群大もの」だ。同紙は群大病院の第二外科(当時)で患者の死亡が相次いでいるとの報道を受けて設置された第三者委員会の報告書が公表されたことを1面トップで大きく報じた。

 最初の報道から1年8カ月。群大のホームページでも公表されている報告書は、第二外科の死亡事例が院内で把握されておらず、死亡が相次いだこと、同じ専門分野である第一外科との連携が取られておらず、それどころか症例を増やそうと競っ↖ていたことなどを指摘。腹腔鏡手術をした症例について第二外科の執刀医が学会で発表した内容や論文は、「おおむね良好」などと死亡例についての言及がなく、「手術成績について誤解を与えた」と糾弾した。

 さらに、病院側が少ない医師を支える体制や、二つの外科を連携させて負担を軽減するなどの方策を採らなかったことも問題視。再発防止のため複数の医師がチームを構成することや、院内の医療調査委員会に遺族を参加させることを提言するなど、報告書は100頁近いボリュームになった。

 では、この報告書の実効性はあるのだろうか。それを確かめようと、事故が報道された後の群大の対応を取材すると、まるで教訓が生かされていない驚くべき事実が浮かび上がってきた。

 群大によると、事件発覚後、第一外科と第二外科は統合されて「外科診療センター」となった。しかし、同大大学院には今も「病態総合外科学(第一外科)」「臓器病態外科学(第二外科)」と旧科をそのまま引き継いだ似たような名前の講座が残っており、「統合された」とはとても言えない。

関東地方の別の大学病院の関係者は「講座をなくすということは、教授のポストが一つ減るわけです。病院であんなことがあったからといって、水と油の二つの講座が一つになれるかというと無理ですよ」と妙な理解を示す。

 群大病院は群馬県唯一の大学病院であり、県内にライバルがいない。そうしたことから、群大は他の国立大と比べても医学部が強いのだという。現在の学長は工学部出身の平塚浩士氏だが、同大関係者によると「平塚氏は事件を受けて登板したリリーフピッチャー。ほとぼりがさめたら、医学部出身者が学長となるはずだ」と断言する。そこには、一時的に吹き荒れた嵐をやり過ごそうとする、医学部出身者を中心とする大学幹部のしたたかな姿勢が見え隠れする。

 報告書がまとまったことを受け、群大は一連の問題に関する「処分」を行ったが、そこにもしたたかさがみられた。処分されたのは旧第一外科と第二外科に連なる9人だが、そこには温度差があった。すでに退職している執刀医の旧第二外科元助教の須納瀬豊氏が懲戒解雇相当となった他、須納瀬氏の上司である第二外科の元教授の竹吉泉氏は諭旨解雇に。一方の第一外科は、教授ら5人が「厳重注意」という軽い処分だった。

 「事故を起こした第二外科が処分を受けるのはある程度仕方ない面はあるにせよ、上司の教授が解雇とは重い。トップに腹を切らせ、第二外科を黙らせるつもりだったのではないか」と全国紙記者は推察する。さらに「一連の調査では第一外科でも死亡事例が多かったことが発覚していて、第二外科と診療体制の連携がなかったことも分かった。第一外科だけおとがめなしというわけにはいかなかったのだろう」と第一外科が「厳重注意」となった理由を分析する。

 そもそも、一連の問題が発覚した当初から、群大の対応は問題だらけだった。一番の問題は、事件を受けて大学が設置した院内調査委員会だろう。報告書を出す際、委員の了解も得ず、8人の死亡事例全てに「過失があった」と勝手に書き加えたことが発覚。さらに、外部委員の多くが召集もされずに報告書が作られていたことも分かり、院内調査の公平性、信頼性に完全にミソが付く形となった。

 「医療事故が学内政治や病院内政治に利用されるのはよくあることです。同じ死亡事例でも表に出るものと出ないものがあるが、人望や派閥争いが裏で影響していることは多い。事故にかこつけてライバルを打ち落とすことができるから、医療事故を利用する人も多いのです」(医療担当記者)。

 この記者によると、報道機関に「内部通報」として寄せられる医療事故の密告の多くは、派閥争いなどの人間関係に起因して行われることが多いという。利害関係が対立する際に双方から話を聞くのは報道機関の鉄則だが、医療事故においてはこうした院内派閥の対立構図は患者対病院という「当事者」に含まれないため見落とされがちだ。

 「現場を良くしたいと義憤に駆られて報道機関に通報する人もいるが、ライバルを蹴落とすためだけに報道機関を利用する人もいる。事故や不祥事が本当に起きていれば、報道機関として報じないわけにもいかず、結果的に通報してきた側を利することは有り得る」と記者は忸怩たる思いを明かす。

事故当時の副院長は医学部長に昇格
今回の医療事故でもこうした人間関係が影響したとみる向きは多い。群大が8月に発表した処分は現場だけでなく、当時の群大病院トップである野島美久前病院長と石川治元病院長にも及んだ。一方で、めちゃくちゃな院内調査報告書をまとめた

〝立役者〟とされ、「過失があった」と書き加えた当時の副院長だった峯岸敬氏は現在、同大の医学部長に収まっている。とてもではないが、事故を契機に真摯な反省をしている組

織とは思えない。厚労省が指摘するまでもなく、群大は完全にガバナンス不全であることを露呈しているのである。

 だが、厚労省の指導にも限界がある。大学病院関係者と親交が深い宣伝会社の担当者は「これまで大学病院が〝お上〟として認識していたのは文部科学省だった。ところが、特定機能病院問題に端を発した一連の騒動で、厚労省が大学病院の改革に乗り出してきた。とはいえ、口を出すなら金を出せ、というのが現場の実感。改革の旗を振られても、大学側は適当にお茶を濁して逃げ切るでしょう」と予想する。

全国平均上回る死亡例、不正請求……
 ガバナンス改革が難しいとしても、せめて患者に影響する診療レベルの向上は果たしてほしいが、実際のところ群大病院の手術レベルはどのようなものだったのか。

 第三者委員会から委託を受けた日本外科学会は、第一、第二外科で行われ死亡した50例について診療経過を調査した。この中には、問題となった腹腔鏡手術だけでなく、開腹手術も含まれており、全体として全国の平均に比べて死亡例が多いことが明らかになった。また、手術の適応が低い患者も含まれていて、そもそも手術をすることが問題である事例もあった。診療報酬が認められない手術に対しても請求するなど、保険適用上の問題も指摘されている。

 もちろん、「大学病院」という性格上、難しい症例や合併症リスクなどが高いことは明らかで、数字だけで「問題だ」とは言い切れない。また、他の病院ではやっていない新たな術式への挑戦など、研究機関としての大学病院の役割はある。

 だが、そうしたことは当然、患者や家族にきちんと説明された上で、記録にも残していなければならない。学会調査では、患者や家族に対する説明の経過でも多くの不備が指摘され、医師の腕だけでなく病院全体の体制に問題があることが明白となった。「だからこそ、第三者委員会は群大病院の体制に問題があると指摘したのです」(全国紙記者)。

 死亡例に限らず、あらゆる症例をさまざまな角度から検証し、適切な医療だったかを検討する作業が全体の医療水準を上げていく。群大病院にはこうした姿勢が欠けていた。

 読売新聞の報道によると、以前の群大病院では第一外科は「消化器」、第二外科は「循環器」とすみ分けがあったというが、06年に消化器外科を専門とする第二外科の教授が就任してから、同じ分野で競い合うようになったという。県内唯一の大学病院という地位に甘んじ、都合の良い人事を行って病院を運営してきた結果が一連の不祥事だ。

 須納瀬氏らによって腹腔鏡や開腹による手術を受け死亡した患者11人の遺族は6月下旬、遺族会を結成。遺族らは会見で、「なぜ亡くなったのか、真実が知りたい」と病院側に真相究明や再発防止策の徹底を求めていくと訴えた。7月末には、須納瀬氏と竹吉氏に対して「遺族に直接説明してほしい」と求める文書を送付。これに対し両氏は8月、直接説明する意向があることを弁護士を通じて遺族側に知らせている。

 執刀医や責任者が遺族に対しきちんと説明することは大前提で、これまでそうしたことが行われてこなかったことに驚くが、一方で気になるのは、須納瀬氏も竹吉氏も、ともに群大病院の現役医師ではないということだ。

 諭旨解雇された竹吉氏と、処分時にはすでに病院を離れていた須納瀬氏が何を説明しようと、病院の改革にはつながらない。両氏の直接説明が大学側と歩調を合わせてのことなのか、それとも大学を離れたことにより自由に動けるようになったからかは分からないが、遺族側は病院側がきちんとした対応をしない場合は、損害賠償請求や執刀医らの医師免許取り消し処分の要求も検討するとしている。

 平塚学長の任期は今年度いっぱい。次の学長はまた医学部から選ばれるのか。大学側が関係者の処分でみそぎを済ませたつもりでいるのなら、また同様のことが起きる恐れがある。

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