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介護福祉士の未来は 介護福祉士自身が切り開く

介護福祉士の未来は 介護福祉士自身が切り開く
日本介護福祉士会会長 石淳也(いしもと・じゅんや)

1971年熊本県生まれ。92年西日本短期大学法学科社会福祉法学コース卒業、熊本市内の特別養護老人ホームに入職。2004年医療法人社団松下会。05年同法人総合相談支援室室長兼務、06年同法人白藤苑通所リハビリテーションセンター長兼務。15年office Ishimoto介護福祉社会福祉事務所代表。08年熊本県介護福祉士会会長(現職)、14年日本介護福祉士会副会長、16年同会会長。九州看護福祉大学社会福祉学科他養成校の非常勤講師。熊本県社会福祉協議会評議員など公職多数。保有資格は介護福祉士、介護支援専門員、社会福祉士。


重労働、低賃金、高い離職率……介護職に対する一般的なイメージはネガティブなものが多い。超高齢社会を迎え、介護の現場で人手不足も指摘される中、若きリーダーが改革に立ち上がった。6月に日本介護福祉士会で44歳の史上最年少会長に就任した石本淳也氏。単純に介護福祉士の処遇改善を求めていくのではなく、評価の根拠となるような介護福祉士自身の自己研さんを求めていくという。 ——会長に就任した抱負をお伺いします。 石本 モットーは「介護福祉士の未来は介護福祉士自身が切り開く」です。介護福祉士会は職能団体で、会員の知識や技術などの資質を高めていくことが目的です。全国の介護福祉士の皆さんのために、これまでの経験で感じた課題の解決や新しい取り組みを行っていきたいと思います。

——44歳はこれまでの最年少会長ですね。 石本 私は熊本県で20歳の時に介護の仕事に就いて以来、ずっとこの道一筋です。途中、マネジメントの立場になったり、事業責任者としての仕事を通じていろいろな立場の方と接したりする中で、次第に視野が広がっていきました。熊本県介護福祉士会で末席の理事だった37歳の時、熊本県の会長になりました。試行錯誤しながらさまざまな新しい取り組みをし、中央組織の日本介護福祉士会の副会長も務めました。しかし、地方の会長や中央の副会長ではできないことがあり、限界を感じました。現代の複雑かつスピーディーな世の中で、このままだったら介護福祉士が埋没してしまうという危機感があり、それを回避するアクションを起こさなければと思ったのです。全国的なムーブメントを起こしたい。それができるのが「会長」ならばその職責にチャレンジしようと立候補しました。

——熊本県の会長としては何をしてきましたか。 石本 打ち出し方を変えました。堅い団体として堅さを保たなければという考え方を打破したいと思い、ローカルタレントを起用して入会勧誘チラシをつくったり、イベントを開催したり、私自身も積極的にメディアに出ました。また、県と協力して学生向けイベントを行い、企業から協賛金を集めました。企業としても超高齢社会に貢献しているというイメージが根付くことになります。そして、ポイントは我々の活動をSNSで等身大の情報として発信することです。会の活動を知ってもらったり、介護に興味を持ってもらったりできたことで、会員数は私の着任時の2倍以上になりました。

——熊本地震が地元を直撃しましたね。 石本 車中泊を続けて介護ボランティアのコーディネートを行いました。介護福祉士の資格を持つ人材の確保に困っていたのですが、SNSで情報発信すると応募が殺到し、延べ880人に協力してもらいました。被災地のサポートで重要なのは、シームレス(切れ目なく)ということです。被災後にはいくつかのフェーズがあります。第1段階は命を守る時期で、医療的介入が必要です。第2段階は避難所でのQOL(生活の質)の維持です。余震の不安の中、メンタリティーが落ち、食事にも飽き、避難者同士のトラブルも発生します。このような被災者をサポートできるのが我々介護福祉士なのです。介護福祉士は生活全般に寄り添いながら、その人が自立できる糸口を一緒に探すのが仕事です。何かあった時に心の支えになるような存在にならなければいけません。

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