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第91回 無責任な文化

第91回 無責任な文化
第91回 無責任な文化 南淵 明宏(昭和大教授)

 不安は感情に無限の負のエネルギーを与える。いったん疑いだしたら切りがない。妄想は憎悪に発展する。そして多くを失う結果となる。バカになって、「大丈夫、大丈夫、信用してしまおう!」と思考停止するのが一番いい。

 マンションの基礎工事の杭が支持層に届いていない……かも知れない……。行政はデータをごまかした企業や、責任をなすり付け合っている会社同士で事件の真相を調査させているようだが、これはまるで強盗殺人集団に検察当局が、「あなた方はこれまで長年にわたって何人殺してそれをどんな方法で今まで隠してきたのですか。みんなで話し合って報告してください」とお願いしているのと同じだ。

 東洋ゴムの免震ゴムデータ改ざん、東芝の粉飾決算同様、いつも大企業の犯罪は不問にされる。恥知らずな政治家が権力を握っているのだから、仕方がない。いつの時代も、どこの世界もこの事情は同じだろう。

 建築ジャーナリストがNHKで事件の真相を解説したのを聞いたが、「うまく取れなかったり、紛失したデータを他のデータとすり替えただけ」という話なのだそうだ。悠遠の国体を堅持し続ける我が民族はどのような場合も常に清廉潔癖、誠心誠意であり、それを疑う理由はもないのだろう。

 マンションの建築などそもそもインチキだらけなのではないか。その実態は社会の常識ではないのか。数年前、私が所有しているマンションの構造計算や地盤改良の施工方法がいい加減だったのではないか、と騒ぎになった。もともとあった建物の基盤をそのまま流用した建て方で、などない。建築屋の構造計算のやり方もいい加減、さじ加減でどうにでもなる、という印象を持った。

 「まあ、どこのマンションでもこんなもんですよ」

 という意見を各方面から聞いた。「自分の持っている物件の資産価値を自分で下げてしまうなんてばかばかしい」。そう思って、それからは幸せに暮らすことにした。マンション建築の実態の普遍性をいろいろと学習したのである。

 それにしても行政に加え、議論も非科学的である。杭が届くの届かないの、と議論している支持層はそもそも安定なのか。支持層の定義は何なのか。そして、その安定性をどう計るのか。何から何まで、疑問だらけである。

 それに想定外の地震が来て地表が横にずれたら、やはり建物は傾くだろう。計算通りに現実が事を運ばせてくれるはずはない。

 「うーん、計算上は傾かないはずなんですが……」。これは予選1回戦で負けた高校野球の監督の、「計算上は今年甲子園で優勝できるはずだったんですが……」と同種のに聞こえる。

 ヨーロッパと違い、この国では建物は30年程度で建て替えることになっている無責任な文化がある。街の景観についても無責任である。洪水や火事でしょっちゅう建物がなくなって何度も建て替えてきたからだろう。

 「30年ぐらいでいいや」。30年後のことは考えていない。30年といえば一世代である。適当に設計して施工は人任せ、確認は書面だけ。それでも何とか30年ぐらいは形を保つようになっている、そんな技術に実は我が国の建築技術は長けているのだろう。

 だが、なぜ傾いたのだろう。「普通にいい加減に建てたのに?」「あの辺りの地盤のせい?」。ただただ不運としかいいようがない。

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