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スギホールディングス

スギホールディングス
三河の薬局を業界2位まで押し上げた 「物まね商法」の限界

 スギホールディングス(HD)は急成長を遂げてきたドラッグストア業界の中でも、最も急成長したドラッグストアといえる。愛知県安城市に本社を置く同社は傘下にスギ薬局と在宅介護に取り組むスギメディカルを持ち、グループ売り上げは2013年2月期で3436億円を記録。6億円の僅差でツルハホールディングスを抜き、マツモトキヨシに次ぐ業界2位に躍進した。今まであまり目立たなかったのは、本拠が愛知県で、都心での店舗数が多くなかったせいかもしれない。

 このスギHD躍進の原動力になったのが871店舗を展開する多店舗化に加え、ドラッグストア業界で調剤への進出が始まると、いち早く調剤併設店を展開し、その調剤にポイントサービスを提供するドラッグストアが現われると、即座にポイントサービスを取り入れた商法だ。まさに「柳の下の二匹目のドジョウ」を狙った商法だが、この「柳の下」商法がいつまで続けられるだろうか。

 実際、スギ薬局は急成長ぶりにもかかわらずあまり目立たなかった。マツモトキヨシは女子中高校生の間に「マツキヨブーム」をつくり出し、コンビニエンスストアから若い女性客を奪うとともに、それまで薬と日曜雑貨の安売り屋にすぎなかったドラッグストアの地位を向上させた。しかし、スギ薬局はそうした目を見張らせるような行動があったわけでもない。あるいは、サンドラッグの才津達郎会長のように徹底した商品管理と商品の並べ方、低賃金でも他店の店員より倍も働く店員教育、利益確保のためのプライベートブランドの導入など、ドラッグストア経営者が舌を巻く「才津商法」があったわけでもない。

 唯一注目されたのは、ドラッグストア業界が「日本橋通り作戦」と呼んだ都心での店舗拡大。東京・神田から銀座通りにつながる日本橋通りに500㍍から1㌔ほどの間隔で調剤併設店舗を一気に展開したことだった。日本橋通りから一歩入った場所に日本銀行があることで推察もつくだろうが、銀行や三井グループのビル、老舗の商店が並び、日本橋通りかいわいにはドラッグストアも薬局もほとんどなかった。その目抜き通りに、それも500㍍少々歩けば次のスギ薬局が嫌でも目に入る間隔で出店した。全て1階の店舗だけに業界雀の間で「1店当たり1億円くらい掛かるのではないか」と話題になった。OLやサラリーマンが昼時には弁当やちょっとした雑貨を求め、夕方には化粧品や日用雑貨を購入し、「日本橋通り作戦」は成功しているようだ。大手のドラッグストアがショッピングモールやオフィスビルの商店街にテナント出店しているが、スギ薬局は日本橋通りのようなオフィスビルが立ち並ぶ街の表通りでも出店が可能だということを示した。

ハピコム」で企業買収の手法などを学ぶ  スギHDは1976年に薬剤師の杉浦広一会長と、薬科大で後輩の夫人、昭子副社長が愛知県西尾市に16坪のスギ薬局を創業したのが始まりという。97年に安城市に移転したが、そのころから愛知県を中心に多店舗化を進め、2000年に大証のナスダック・ジャパン(現ジャスダック)に上場するまでになった。しかし、このころはまだ単なる地方のドラッグストアにすぎなかった。

 しかし、杉浦夫妻の頭の良さは単なる地方ドラッグストアに満足せず、向上心を持ち続けたことだ。ジャスコ(現イオン)、北海道から本州に進出した大手ドラッグストアのツルハと資本・業務提携を結び、イオンが主導する「イオン・ウエルシア・ストアーズ(現ハピコム)」グループに加わった。ハピコムには日本最初のドラッグストア「ハックファミリーセンター」を開店したCFSや、在宅介護のモデルをつくり上げた寺島薬局(現ウエルシア関東)などがメンバーに加わっていて、アメリカのドラッグストア事情や日本のドラッグストアが進むべき道、企業買収の手法などを学べた。

 ところが、06年、杉浦会長はイオン、ツルハとの資本業務提携を解消、ハピコムから脱退した。提携解消の理由を「志は同じながら戦略構想にが生じていることから発展的に解消し、それぞれ独自の成長戦略を推進する」と発表したが、真の理由は「もう学ぶことがなくなった」ということだったといわれている。

 イオンは、岡田卓也名誉会長の「ドラッグストアは癖のあるオーナーが多いから緩やかな提携でよい」という方針に沿い、株式保有も提携にふさわしく15%くらいだったから提携解消ができた。イオンは内心面白くない。しかし、スギ薬局の前に福岡の中堅ドラッグストア、ドラッグイレブンがイオンとの提携を解消して脱退。衝突していたため、イオンはスギ薬局に続く脱退が出ないようにするのに精一杯だった。第一、イオングループで利益を上げているのはイオンモール程度で、本業の総合スーパーが不振。赤字のスーパーを立て直すのに懸命で、ドラッグストアにまで手が回らなかったのも有利に作用した。まさに「三河商人の面目躍如」で、そのずる賢さは見事というしかない。一方、今もハピコムにとどまることで、グループ外はもちろん、グループ内のドラッグストアであっても隙があれば買収を狙うツルハの図太さとは対照的だ。

イオングループから離脱して飛躍  実際、「もう学ぶことがなくなった」といったように、スギ薬局の躍進はイオングループから離れたころから始まる。脱退3カ月後には埼玉県和光市に関東1号店を開店し、拠点を築くとともに、埼玉県の中堅スーパー、ヤオコーのドラッグストア部門を買収。翌年には経営が悪化していた群馬県のドラッグストアを買収と、あっという間に関東地区に確固とした地盤を築いた。関西ではそれに先立ってハピコムでの知識を実践すべく04年に大阪第1号のベルファ店を開業し、さらにディスカウントストアのジャパンを買収してグループの店舗に加えた。ハピコムで身に付けた知識を基に、スギ薬局の商圏は足元の中京地区から関西、関東にと広がり、瞬く間に中部地区348店、関西279店、関東は197店の合計824店に拡大、売り上げナンバー2のドラッグストアにまで急成長。実際、店舗数も売り上げもハピコム離脱後に急増する。離脱した06年は店舗数328店、売り上げ1229億円にすぎなかったが、7年後の今年2月期には店舗数は1・5倍の824店だし、売り上げは3倍近い3436億円に伸長している。

 後にイオングループから離れ、調剤薬局大手のアインファーマシーズとの統合に走ろうとしたCFSがイオンと正面衝突。株主総会での統合承認をめぐり、議決権争奪戦を演じた末、CFSは承認に必要な3分の2の賛成を得られず敗退。イオンに子会社化されたのと比べても、スギ薬局のずる賢さが光る。

 出店による規模拡大だけではない。マツキヨブームに乗るだけでなく、マツキヨ以上に清潔感のある店舗に変え、顧客獲得を進めた。次にドラッグストア業界で調剤併設店が現われると、即座に調剤併設店に衣替え。処方箋を集めるためウエルシア関東が調剤にポイントを付与するサービスを始めると、そのサービスも取り入れた。大手のマツキヨやサンドラッグが「問題ないのかどうか」と当初したのとは対照的。今年3月には子会社ジャパンの薬局部門をスギ薬局に吸収し調剤併設店への衣替えを進めている。機を見るに敏で、調剤への進出、在宅介護開始こそ、これからのドラッグストアの進むべき道と心得ているようだ。

 スギホールディングスは「2015年中期計画」で、2年後の15年には中部エリア、関西エリア、関東エリアの店舗数をそれぞれ500店舗、合計1500店舗体制にし、売り上げ5000億円を目指している。計画は達成可能だろうか。小売り担当のアナリストは「今の勢いなら十分、達成可能。小さい店舗も多いマツキヨを抜いてナンバーワンのドラッグストアにもなれそうです」と言う。

同業者は杉浦夫妻の「盗み取り」を警戒  だが、ある業界通はこう言う。「実は、スギ薬局が大きくなった理由は本拠地の愛知県には大手ドラッグストアがなかったことです。ライバルがいないところで出店数を増やして売り上げが伸びただけです。しかも進出するのは関東と関西。人口の多い所だけで商売すれば、売り上げも利益も伸びるのが当たり前です。今、スギ薬局は1500人の薬剤師を擁し、いつでも薬剤師が応対できる体制で〝かかりつけ薬局〟を実現したとか、在宅介護に取り組み、地域医療にまい進していると、テレビが持ち上げたが、かかりつけ薬局化も調剤併設店も、在宅介護の取り組みも、すべてハピコムに加わる先進的なドラッグストアから教えてもらったもので、それを実行しているだけ。急成長してきたのにもかかわらず、注目されなかったのもマネばかりで独創性がないからです」。

 薬剤師を多数抱えているという話も、名古屋地域は薬科大がいくつもある中、大手ドラッグストアはスギ薬局しかないから、大量の薬剤師を苦労せず採用できているだけにすぎないという。

 「最近ではハピコムに加わるドラッグストア経営者や親しい経営者が『杉浦夫妻は情報をもらい、物まねすることしか考えていない。親切にドラッグストアの夢や計画を語ると、そっくり盗み取るから話をするときには気を付けろ』と警戒している」(業界通)

 人まねで成長しただけでは、今の業績が成長のピークになりかねない。

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